在日韓国人として生まれた宋さんは、「日本と世界の架け橋になる」ことを掲げ、2019年にSocial Bridge株式会社を創業しました。
会社員時代の複業からスタートし、人とのつながりを広げながら少しずつ事業を成長。現在は、外資系スタートアップの日本進出支援をはじめ、家業の後継として再生資源卸売業にも携わりながら、同業者向けのGoogleマップ対策や採用支援など、幅広い事業を展開しています。
今回のインタビューでは、独立を決めた理由から、最初の一歩、コミュ力の秘訣、ひとり社長から仲間と組織をつくるまで、そして「うまくいかないのが普通」と語る宋さん流の挑戦論まで、率直に語っていただきました。
| 宋 浩典 2019年に Social Bridge株式会社 を創業。「日本と世界の架け橋になる」をミッションに掲げ、外資系スタートアップの日本進出支援をはじめ、スクラップ業界向けのGoogleマップ対策・顧客拡大支援、採用支援などを展開している。前職のソフトバンク時代には、営業で全国No.1を経験。アメリカ駐在や外資系スタートアップとの事業開発にも従事。独立後は、その経験を活かしながら、海外企業と日本企業を繋ぐ事業を行っている。また、1953年創業の家業「マツザワ」の4代目として、再生資源卸売業にも携わり、地域に根ざした資源循環事業を推進。現在は、理事を務めるラグビーチーム「BIGBLUES 八千代ベイ東京」の活動にも力を入れており、「資源循環」「地域」「スポーツ」を掛け合わせながら、資源循環の文化創りに力を注いでる。 |
32歳で決めた独立。「とりあえず3年やってみよう」
──宋さんと言えば、ソフトバンク!ですが、大手企業の会社員から独立しようと思ったきっかけは何でしょう?
実家が自営業だったこともあり、「いつかは自分でビジネスをやりたい」と昔から思っていました。
ソフトバンクでは、営業でNo.1になって、アメリカに1年間行かせてもらったこともあります。でも、その時に自分が営業しかできないことに気がつき、帰任してからは、事業開発の分野にも積極的に関わりながら視野を広げていきました。
会社員としてのキャリアは順調に築いていたのですが、32歳の時に「独立するなら今だな」と思いました。「会社を辞めて3年頑張ってみる。もし結果が出なかったとしても、35歳ならまた再就職ができるぞ」と。「とりあえず3年やってみよう」と決めて、32歳の時に独立しました。
前職の経験・人脈をフル活用し、複業からスタート
──独立当初は何をされていたのですか?
独立する半年ほど前から、会社員をしながら複業を始めました。個人としての最初の仕事は、韓国企業の日本進出支援です。きっかけは、知り合いからの紹介でした。
──おぉ、個人でいきなり海外企業の案件を!
ソフトバンクでは、外資系スタートアップが日本でビジネスを広げるための方法をずっと考えてきたので、その経験と知識を個人でも活かすことができました。戦略はシンプルで、韓国でうまくいっているやり方をそのまま日本に持ってくるということです。
──会社員をしながらの複業。どうやって時間を創出されたのでしょう?
最初は土曜日だけ。その後は、有休を使って週2日。独立を決めて半年後に、ソフトバンクを退職しました。
いきなり株式会社に。大事なのは固定費を抑えること
──今は株式会社ですが、退職後は個人事業主からスタートされたのですか?
最初から株式会社としてスタートしました。税制的には個人事業ではじめた方がお得でしたが、カッコつけたくて最初から株式会社にしました。でも、やってることは、ほぼフリーランス。月々の売上が40万、役員報酬30万、社会保険料と外注費、固定費の携帯代を払ってギリギリ黒字でのスタートです。
極論、売上が1万円でも、経費が9,000円なら黒字経営なわけです。だから、最初は「いかに固定費を抑えるか」がすごく重要です。
実は大学時代に、知人と家庭教師の会社を起業したのですが、最初からオフィスを借りてしまったが故に経営が苦しくなり廃業した経験があります。その失敗があったからこそ、独立後は「固定費を極力抑える」ことを意識しました。
人との繋がりは戦略的に
── 最初はフリーランスのような働き方をしていたとのことですが、そこからどう事業を広げていったのでしょう?
やっぱり、人と繋がることですね。
たとえば、Facebookで「会社を辞めて独立しました」「僕はこんなことができます」と発信する。すると、いいねを押してくれる人がいるんです。リアクションをくれるということは、少なくとも自分に興味を持ってくれているということ。だから、「ご無沙汰してます。久しぶりにお話ししませんか」とDMを送って話をする。これは定番でした。
当時はコロナ禍だったのでオンラインで話すことが多かったですが、今なら対面で会うのがベストです。近況を共有しあう中で、相手のお困りごとが見つかり、そこから仕事に繋がることもありました。
どこまでできるかは分からないけれど、「まずはやらせてください」というスタンスで、一生懸命やることだけは約束する。そうやって、自分の強みである「営業」と「事業開発」を軸にしながら、少しずつ領域を広げていきました。
──宋さんのコミュニケーション力、すごいですよね。人との繋がりから仕事に繋がっていったと。
「繋がっていった」わけではなく、「繋げていった」が正しいです。自然と繋がるわけではないので、自分で意図的に繋げていくんです。
ビジネスをする上で、人との繋がりは避けては通れない。だからこそ、日頃からSNSで人と繋がっておくこと、そして自分が何をしているのか発信しておくことは、すごく大切です。
自分をコモディティ化しない働き方
──どこまでできるかは分からないけれど、「まずはやらせてください」というスタンスで仕事を受けていったとのことですが、壁にぶつかったことはありますか?
うまくいくことも、うまくいかないことも、両方セットでやってきます。
でも、経験が増えていくと、優先順位が見えてきます。だから、徐々に個人事業主規模の案件は辞めていき、海外企業とのつながりを増やしながら、単発ではなく、年契約で継続的に関わっていく形を目指しました。
──個人事業主規模の案件は辞める。それはどうしてですか?
売上の大小に関係なく、かかる工数はあまり変わらないからです。
個人相手だと、「社長の期待」と「自分の力」だけで結果を出さないといけない。それは想像以上に難しいことだと、実際にやってみて感じました。
一方で、相手が企業だと、社長だけではなく、右腕の人がいて、現場のメンバーがいて、チームとして動けるので、結果的に成果につながりやすい。
──なるほど。そこで、日本進出を目指す海外企業の支援に注力していったんですね。でも、海外企業と出会うのって難しそうです。
海外企業は、日本で事業を始める時に、頼れる人がほとんどいない状態です。だからこそ、「英語と日本語の両方が話せる」「営業や事業開発が分かる」、こういった人材を求めている会社は、探せば結構あります。
僕自身、自分をコモディティ化することに抵抗がありました。「誰でもできる仕事」だと、価格競争にもなりやすく、自分自身が疲弊するからです。
だから、「海外企業の日本進出支援」という領域なら、差別化を図りながら自分の経験や強みを活かせると思いました。
自由な1人社長から「社員が笑顔で働ける会社」を目指して
──最初はお一人でのスタートでしたが、いつのタイミングで仲間を募集されたのでしょう?
丸3年経ったタイミングです。
もともと、「3年やってうまくいかなかったら会社員に戻ろう」と決めていたので、3年間は業務委託で手伝ってもらうことはありましたが、基本的には1人でやっていました。
でも、3年経った時に「とりあえず生き延びたな」と安堵すると共に、「このままでいいのかな」と感じるようになりました。
ひとり社長として自由に楽しく働いている。一方で、大学時代の友人たちは会社を上場させたり、大きなチャレンジをしたりしている。
「日本と世界の架け橋になる」と掲げているのだから、「もっとダイナミックに挑戦したい」と思うようになり、仲間を探すことにしました。
──よく人材採用が一番難しいという話を聞きますが、仲間探しは苦労されましたか?
僕自身もですが、在日の方や日本で暮らす外国人の方は「日本と海外を繋ぎたい」という想いを持っている人が多いです。過去に仕事で関わった在日・外国人のメンバーに声をかけていく中で、ひとりの男性が最初の仲間として入社してくれました。
──仲間が増えたことによる変化はありましたか?
1人の時は、自分の好きなように動けるんです。
でも、人が入ると、「会社としてどこに向かうのか」を明確に伝える必要が出てくる。当時は、「日本と海外の架け橋になる」ことを掲げて、海外スタートアップの日本進出支援を軸にしていました。ただ、その頃ちょうど東京から地元・神戸にUターンして、少しずつ家業の再生資源卸売業にも関わり始めたタイミングだったんです。
自分の中では、「日本と世界を繋ぐ」という軸は変わっていなかったものの、事業の幅が広がる中で、会社としての方向性を十分に言語化できていなかったことが反省点です。結果として、最初に入社してくれたメンバーとは、1年ほどで別々の道を歩むことになりました。
その後、入れ替わる形で新しい女性社員が入社してくれました。
最初に入社してくれたメンバーは、自分でどんどん動いて成果を出していく、いわゆるスーパーマンタイプ。一方で、新しく入ってくれた彼女は、仕組み化を大切にするタイプ。
僕自身は、とにかく数字を伸ばすことに意識が向きがちですが、彼女が入ってくれたことで、「社員が笑顔で働ける会社にする」ということも、大切な目標として考えられるようになりました。
──今後どのような組織にしていきたいですか?
社員はこれからも増やしていきたいと思っています。ただ、単純に人数を増やすというよりは、AIも活用しながら、1人あたりの売上や利益を最大化していきたい。そして、その利益を一緒に働いてくれる仲間に還元していける会社にしていきたいです。
あとは、稼いだお金を理事を務めているラグビーチーム「BIGBLUES」の活動にも使っていきたいですね。
自分の中では、「大好きなラグビーのために働いている」という感覚もすごく大きいので。

──宋さんと言えば、ラグビーと仲間ですね!
そうですね。僕は身長は190センチあるのですが、こう見えて結構寂しがりなんですよ。笑
だから、一緒に働いてくれる仲間も、ラグビーの仲間も、本当に大切です。仲間がいないと無理ですね。
「うまくいかないのが普通」。まずは打席に立ちまくる
──これから何かを始めたい人へ、メッセージをお願いできますか。
まず、最初に伝えたいのは、「うまくいかないのが普通」ということです。
大谷翔平でも、10回打席に立ったら7回は失敗する。3割打てたら一流です。
だから、何かを始めたばかりの人が、「うまくいかない=自分がダメなんだ」と思う必要は全くありません。落ち込むよりも、とにかく数を打つことが大切。
ただ、数を打ち続けるためには、メンタルを保つことがすごく大事です。
──鉄の精神力の宋さんは、どうやってメンタルを保っているのですか?
ネガティブなことを言ってくる人と距離を置くことですね。SNSのフォローを外してもいいし、無理にコミュニケーションを取らなくてもいい。応援してくれる人とだけ付き合えばいいです。
──もし家族やパートナーが否定的だったら?
気にしないですね(笑)。その場合は、仕事の話をしなければいいと思っています。
──やりたいことが曖昧なまま、一歩踏み出せない人はどうしたらいいですか?
会社員をやりながら考えればいいし、考えてもやりたいことが曖昧なら、無理に独立する必要はない。成し遂げたいことが見つかったなら、会社員として働きながら、空いた時間で挑戦するのもありです。
お金のために働くのも自由。
お金よりもやりがいを求めるのも自由。
ビジネスに挑戦するのも、会社員でいるのも自由。つまりは、自分の人生なので「好きにしてください」ということです。「好きなようにしてください たった一つの「仕事」の原則」という本をぜひ読んでみてください!


